ふらりと訪れたその人は、
「マッカランをダブルで」
と注文された。
ダブルで飲む人もめっきり減った最近、
なんだかうれしくなって
その人に気持ちを打ち明けた。
「家で飲んでもこうはならないんです」
その人は味を褒めてくれた。
だから家ではいつもストレートらしい。
ウオッカも同じくストレートだとか。
ロシア人みたいだな……。
とにかくかなりの酒好きとみた。
酒好きに悪い奴はいねえ。
古くさい時代劇の台詞よろしく、
その人との会話ははずんだ。
その人との会話ははずんだ。
旅行が趣味だというその人は
スポルディングという自転車で、
全国を旅するらしい。
旅であったいろんなことを記事にし、
それを英訳して外国人に紹介する、
そんな仕事をしているという。
「明日、面接なんです」
旅ライターに飽きたその人は、
酒好きが高じてバーの仕事を選択。
なんだか不思議なその人が、
二杯目に選んだ酒は、
ニッカのフロム・ザ・バレル。
アルコール度数は51%と高め。
厳選されたグレーン、モルトを
ブレンド、後熟を経て生まれた至極の逸品は、
イギリスの種類専門出版社が主催する品評会
インターナショナル・スピリッツ・チャレンジにおいて
5年連続で金賞を受賞。
深みのある味わいは、
オンザロックやストレートがおすすめ。
うまそうに最後のひと口を啜り、
その人は帰っていった。
バーって不思議だ、
と思うときがある。
その人と話していた二時間足らずの空間、
わたしたちは、
違う時空にいた気がした。
それが証拠に、
その人が帰った瞬間、
まるで時計の針が
自らの仕事を思い出したかのように、
時間が、景色が流れ始めた。
そんな気がした。
バーって不思議だ。