半夏生という言葉、
聞いたことがありますか?
七月二日のことです。
大先輩の常連Nさんから、
今日、何時から店に入るのかと
早い時間に連絡をいただきました。
通常は営業の2、3時間前には入るので、
わたしは間もなく店ですと答えました。
掃除を終え、仕込みをしていると、
Nさんが現れました。
営業一時間前、準備に追われていたわたしは、
サントリー響の水割りだけを作って作業を続けます。
ほぼ一段落したので、丸氷を削りつつ、
ようやく話しかけました。
「どうしたんですか、こんなに早く」
「悪いね、ちょっと顔を見に。
今日は『おついたち』だから」
おついたちとは読んで字のごとく、
月の初め、一日のこと。
昔の飲み手は、普段行きつけの店に
お礼を兼ねて顔を出すのだとか。
店側は赤飯を振舞って迎えるそうです。
おついたちまわりともいうそうです。
飲み手の先輩方は、なんとも粋なものです。
最近は先輩後輩で飲み歩くことも少なくなった世の中。
そのために酒場も知らぬ、知る由もない若者も多いです。
かわいそうといえばそうかもしれません。
どっちが悪いのかはわかりませんが。
少し話がずれました。
ただ、そういう先輩たちの飲み振る舞いは、
ぜひとも見習いたいものです。
「でも、今日は二日ですけど」
先輩、少し年のせいかなと内心……。
「今日は半夏生だから、どうせなら節目にと思って」
春分や夏至などにあたる、
一年に24の節目をつけた二十四節気、
そのさらに細かく分けた雑節のひとつで、
梅雨の終わり頃を指す言葉。
雑節で耳によく聞く言葉に、
節分や八十八夜などがあります。
カラスビシャクという毒草の別名を半夏といい、
その半夏が生える季節だから半夏生というらしいです。
田植えを終えた農家が、この時期に豊作を祈願し、
神様にタコを捧げたことから、
半夏生にはタコを食べるという習慣があるそうです。
八本足でしっかり根が生えるようにと、
タコが選ばれたそうです。
先人には学ぶことが多々あります。
ましてや飲み手の先輩なら、
わたしたちバーテンダーはなおさらです。
「ところで、今日タコある?」
「ないですよ」
偉大なる飲み手の先輩を
尊敬してやまないわたしでした。